GRGと金融工学・統計解析

趣味で金融工学や統計解析を勉強しており,このブログでは自分が面白いと思ったことの紹介などをしていきます.色々な方との議論などできたらいいなぁと思います.

マルチンゲールアプローチ

はじめに

金融工学と言ったらどのようなイメージがあるだろうか・・・?私が一番初めに思っていたことは,株式などにうまく投資して利益を上げるための理論というイメージだった.しかし,金融工学は他にも色々な事柄に使われている.例えば,投資のリターンではなく損失に着目したリスク管理や,オプションなどの適正な価格を理論的に算出するために用いられている.今回は,価格付けについて取り上げたいと思う.

マルチンゲールアプローチとリスク中立世界

価格付けを行うと聞いた時,金融工学を学んでいるほとんどの方が一番初めに思い浮かぶのはマルチンゲールアプローチだと思う(もちろん他にも方法はある).マルチンゲールアプローチはとても有名で強力な手法である.しかし,このアプローチを用いるにあたり,つまづきやすい点がある.それは,「リスク中立の世界を考えよう」という点である.

そのリスク中立の世界とは何であろうか?もちろん,この世界は現実世界とは別の世界のことを言っているのであろう,ということはわかる.では,どのように違うのであろうか?その考え方については,以下のサイトがわかりやすく説明している.

リスク中立確率 - 金融キーワード解説 | シグマインベストメントスクール

しかし,リスク中立の世界という概念のようなものが入った途端,マルチンゲールアプローチがよくわからなくなったと感じてしまう理由について考えて見る.私個人の考えであるが,それは株価過程の書き方を理解しきれていないからだと思われる.リスク中立世界での株価過程S(t)は以下のように表せる.

{ \displaystyle
dS(t) = rS(t)dt + \sigma S(t)dW^{Q}(t) \dots (1)
}

しかし,私たちが生きている現実世界の株価過程は以下のように表せる.

{ \displaystyle
dS(t) = \mu S(t)dt + \sigma S(t)dW^{P}(t) \dots (2)
}

私が一番初めに感じたことは,「この二つの式は違うように見えるが,大丈夫なのだろうか・・・?」ということである.答えから言うと,これらの式は同じ株価過程を違う表現で表しているため,価格評価に(1)式を用いても大丈夫なのである.しかし,(2)式ではなく(1)式を用いる理由についてぼんやりしていると,マルチンゲールアプローチについてよく分からないという感覚を持ってしまうだろう.両式で異なるのは,dt項の係数と\( dW^{P}(t) \),\( dW^{Q}(t) \)である.ここで,結果から逆算すると,

{ \displaystyle
dW^{Q}(t) = \frac{\mu -r}{\sigma} dt + dW^{P}(t) \dots (3)
}

という関係式が成り立っていることがわかる (また逆に,(3)式が成り立っていると仮定したら,(1)式と(2)式は同じものであることがわかる).では,なぜわざわざ(3)式を用いて(2)式から(1)式へとよく分からない変換をしなくてはならないのか?その答えは,(1)式は安全資産B(t)を基準財(ニューメレール)としたらマルチンゲールになるからである.言い換えると,

{ \displaystyle
d\frac{S(t)}{B(t)} = \sigma \frac{S(t)}{B(t)}dW^{Q}(t) \dots (4)
}

となるからである.このように,B(t)で割ったらマルチンゲールとなるような形にすることで,オプションなどの価格付けをする際に計算がとても楽になるのである.ちなみに,(3)式は結果から逆算して出てきたが,厳密には伊藤の公式を経由して出てくるものである.(次回は,この辺りの議論について記述してみる予定)

最後に

ちなみに,マルチンゲールアプローチではリスク中立な世界しか考えることができないのだろうか?いや,それではこのアプローチがここまで広く使われてはいないだろう.価格評価したい資産によっては,安全資産B(t)を基準とするより,株式S(t)を基準にして考えたほうが計算しやすいことが往々にしてある.マルチンゲールアプローチではそのような場合でも,リスク中立世界を考えていた時のように簡単に適用することができる.いずれはこのことについてもブログで取り上げたい.


参考文献

ファイナンスのための確率解析Ⅱ, (著) S・E・シュリーブ,(訳) 長山いづみ